笑っていいとも舞台裏

 生本番を終え、「放送終了後」の収録も終えたあと、勝俣は楽屋で正座をしていた。いや、させられていた。
「ねえ勝俣、あなた甘いのよ」
 勝俣のすぐ前で、坂下千里子がキャスターつきの椅子に足を組んで座っている。勝俣を見下ろしながら語る千里子の姿は高圧的で、その口調はカメラが回っているときとは比べ物にならないほど厳しいものだった。
「あ、甘い……ですか」
 逆に勝俣はおどおどしており、非常にやばい感じだった。もしも今カメラが回っていたなら、モザイクが必要なほどだ。
「そうよ、なんであそこであたしをもっと責めなかったの? あそこはあたしを泣かすところでしょ?」
「……いや、あの、俺は」
「俺?」
「い、いえ、僕はあのくらいでいいんじゃないかなと思いまして」
 千里子は無言で煙草に火をつける。
「そ、それに――」
 無言の圧力に気圧され、さらに言葉を重ねる勝俣。
「あれ以上やると……、そう何度も泣かしてしまうと、ぼ、僕のイメージが悪くなりますし」
 千里子は肺の中の煙を勝俣の顔に吹きつけた。リアクション芸人の一員である勝俣は、ゲホゲホと派手に咳き込んでみせる。
「何を言ってるの勝俣? 誰もあなたのイメージなんて気にしてないわよ。あなたは場の空気を読まずにわめき散らしてなんぼでしょ?」
「そんなこ――」
 勝俣の弁明は途中までしか告げられなかった。何故ならその瞬間、千里子の足が跳ね上がり、爪先が勝俣の顎の先端を掠めたからだ。脳震盪を起こした勝俣はその場で崩れ落ちる。ぴくぴくと痙攣する勝俣のその頭を、千里子のブーツが踏みつける。
「いい、勝俣? お客さんは誰もあなたなんかを見に来てないの。お客さんはね、あたしを見に来てるの。勝俣という三流リアクション芸人に虐められて泣き出すあたしをね。それが何? あのぬるい説教は? あんなので泣けるわけないじゃない。……まったく、そんなだからあなたは欽ちゃんファミリーの裏切り者だって言われるのよ」
 欽ちゃんの名を出してこられた瞬間、勝俣は怒りに吠えた。
「き、欽ちゃんは関係な――」
 勝俣の言葉はまたしても途切れることになった。ブーツのヒールが勝俣の頬にめり込んだのだ。
「あたしに口答えするなんて……偉くなったものね」
 千里子はサディスティックな笑みを浮かべる。
「いいわ、聞き分けのない子には罰を与えないとね」
 千里子は楽屋に備えつけてあるバラ鞭を掴んだ。普段は柴田理恵石原良純に振るっているものだが、千里子の手にもしっくりと馴染んだ。
「……ぐっ」
 勝俣の顔が屈辱と恐怖に歪む。だが、その目の奥には隠し切れない歓喜の色が宿っているのだった。