綺麗なお姉さん

 昼前でも日差しは強烈で、じりじり照らされて、髪に触ると熱めのぬるま湯くらいの温度になっていた。帽子がいるかなと思う。タオルでも被ろうか。最近日傘をよく見かけるけれど、それはまあ何となくアレだ。お前はどこのお嬢様やねん、と突っ込まれること請け合いだ。もう少し年を取ってからにしよう。
 陸上部。中二の夏。もちろん夏休み期間も部活はある。むしろ休みのときこそ本格的だと言える。家が近いからあたしは一旦帰ってお昼を食べるのだけれど、この暑さでは帰るだけでも疲れてしまう。エアコンの効いた部屋でお昼食べたあと少しのんびりしてテレビでも見ていると、今度は外に出るのが億劫になってくる。このままサボってしまおうかと思って寝転んで目を瞑ると、瞼の裏にサディスティックな笑みを浮かべた副キャプテンが現われて跳ね起きる。そんな日常を思い浮かべて、ぐったりしながらも帰路を急ぐ。暑い。
 ドアを開け、「ただいま」と声を掛けると、奥から微かに「おかえり」とお母さんの声が聞こえた。玄関に腰を下ろして靴を脱ぐ。シャツ、パンツどころか短パンまでも汗ぐっしょりで、着替えたいなと心底思うのだけれど、またどろどろになることはわかりきっているので迷いどころだ。
「ああ、おかえり」
 二階から降りてきた姉ちゃんが靴箱を開ける。暇な大学生。ずっと家の中にいただけあって涼しそうな顔だ。外は暑いぞ、姉よ。
「ただいま。……デート?」
 姉ちゃんが浮かれた顔をしていたので思わずそう聞いていた。鼻歌でも奏でそうな。よく見るとお気に入りの白ワンピ。化粧ばっちし。髪を上げてうなじが見える。妙に気合が入っているような。見た目だけなら綺麗なお姉さん。昨日の晩に夕食を共にしたはずの、あのだらけた輩とは別人になっていた。
「違うよ。バイト。カテキョ」
 家庭教師。
「……男の子だっけ? 相手」
「ううん、女の子」
「にしては……、何その狙った感じは?」
「ん?」
 姉ちゃんは自分の姿を見下ろして、「ああ」とひとり頷くと、にっこり笑った。
「へへー。その子ね、カテキョの子、ミヅキちゃんって言ってね、すっごい可愛いの! 色白で髪さらさらで小さくて細くって、なんか人見知りする子でさ、最近やっと馴染んできたんだけど、目が合うと赤くなって恥ずかしそうにうつむいてさ、手とか触れたらびくっとして。もうね! ぎゅうって! ぎゅうううってしたくなってもう!」
 ぎゅうううっと自分の体を抱く大学生。とても頭悪そうに見えます。
「えっと、その子いくつ?」
「中一。十二歳。いいよねえ、あのころの子って。小学校上がりたて。もうたまんない。涎出そう」
「……変態がいます。変態がいまーす! 危ないですよー! この人そのうち犯罪おかしますよー!」
「何よそれー!? もう、あんたも去年までは可愛かったのにさ! やっぱり女の子は十二歳までよね!」
「真性だよ! 真性ロリだよ! つーか、去年までそんな目で見てたのかよ!」
「……う、うん。そうだけど?」
 素で頷くな。いや、目をそらすな。マジっぽくて怖いよ。
 玄関先で喚いているのが気になったのか、お母さんが奥から顔を出して、「ご飯出来てるわよ」と呼んだ。
「うん、今行く」
「そんな変態の相手してないで、さっさとご飯食べちゃって。お腹すいてるでしょ?」
 親からも変態扱いされた姉ちゃんが、「えー! ひどいよー!」と抗議の声を上げたけれど、とりあえずあたしはその建設的な意見に従うことにした。疲れてるのに無駄な体力を使った。
「可愛くないのっ」
 子供のようにむくれる姉ちゃん。いや、だからあんた大学生だろ。
「別に可愛いとか思われたくないから、あたしは」
「えー? ……んー、うそうそ。ほんとはすっごいすっごい可愛いって思ってるから」
「うわ、やめてよほんと」
「うへへへ」
 楽しそうにいやらしく笑う。
 お母さん、あたしは変態じゃない普通のお姉さんが欲しかったです。